KOKOMONDO

willful logs

だいこが行くぞ 5

5 考え過ぎる癖 非完璧主義でいようとする努力

 

ゴミ出しする朝は週にたったの1回。その日以外は1グラムも緊張する必要なく楽しい朝ご飯の時間を楽しむのだ。昨夜のお風呂ディナーが気持ち良すぎて、素晴らしい眠りが訪れた。今朝の目覚めは最高だ。遮光カーテンをそろりそろり音が出ないように開き、現れたレースのカーテンの真ん中を少し重なるように閉じ直す。その古いレースのカーテンは四角のドット柄。前に一度隣のアパートの階段に出向き、そこから私の部屋がどう見えるか確かめたはず。でもあの時は昼間だったな。1日のあいだ、どんな風に見えるのか全部知っておくべき。いや、そこまでする必要はないか。誰も私のことなんか気にしていないって。いやしかし、階段を登る途中に見える景色って目に入るだろう。やはり絶対に外から見えないようにせねば。ネットで検索を始め、目隠しフィルムを貼ろうと決めた。

 

ホームセンターまでの徒歩の距離を確認し終わった。今日は雨降らないかな。仕事終わりに目隠しフィルムを買ったら、明日の朝早起きして貼ることができる。窓掃除は今朝やっておいた方がいいかな。冷凍庫から買いだめしてあった蒸しパンの袋を一つ取り出し、袋の端を少し破いて開けたら、電子レンジの500Wで60秒、低いブーンという音を聞きながらレンジの中の20%引のシールが黒くなっていかないのを確かめる。

 

コーヒーの香ばしい香りに鼻をクンクンさせる。匂いには敏感だ。前世は鼻の良い動物か何かだったに違いない。蒸しパンを口に運びながら隣のアパートの階段をカーテンの隙間から眺める。上げ下げを繰り返す足首の運動をしながら食べる。アパートの北側にあるため勾配がきつい階段には朝方は陽はあまり当たらないようだ。子供の足ならゆっくり登って当たり前。前にもそんな光景を見かけた覚えがある。同じ親子だったのかな。でももう何年も前だった気がするから、子供の大きさから見て違う人だろう。それとも二人目の子供か。子孫を残すという人間のノルマをきちんとこなしている人々。私にできることはなんだろう。日課のニュースをつけることを忘れて考え続けていた。

 

仕事終わり。今日は良い睡眠が取れたおかげで、1日中身体が軽く感じられた。化粧ののりも良かったと思うし、電車の揺れにもしっかり真っ直ぐ立っていられた。重い買い物は今日するべきだった。芋類だって軽々と持てだろうに。残念。どうやって良い睡眠にありつけたのかという根本の理由はすっかり忘れて、目先の行動をミスと判断する。器の小さな人間のすること。

 

スーパーに寄って夕食のおかずになりそうな安い食材を探す。行動圏の中でお気に入りのスーパーは4軒。韓国風にするんだからイオンにも行って調味料を買わなくてはならない。大きなスーパーだと職場の人に遭遇しないか少し心配。でもイオンまで行くのだから、シュークリーム屋さんにも寄りたい。

 

ホームセンターにも寄ってお目当ての目隠しフィルムを一つだけ買って、2駅先から歩いて帰ってきた。窓に貼ってみて大丈夫そうだったらもう一つ買いに行く。以前の私だったら、必要な分全部買って使えないことが分かったら返品していたが、今ではどこでも個人情報を聞いてき過ぎるなと気になってからは、大丈夫なことを試してから追加購入する方式に変えた。こうしてどんどん仕事の遅い、遠回りな人間になっていく。私の個人情報なんか大した価値もないだろうに。

少し汗をかくくらいの気温だ。雨にならなくて良かった。天気予報の確認を怠った自分に気付いたのは、荷物も軽いし歩いて帰ろうと2駅先で電車を降りた時だった。ルーティーンの一つを忘れたぐらいで、歳を取ったからかと反射的に思い、世も末という文字がチラつく。この症状自体が世も末だ。

 

その先を曲がればアパートの通り。向こう側から親子連れが歩いてくる。彼らが先に角を曲がりすぐ後について行く格好になった。あ、昨日見かけた隣のアパートの親子だ。母親は紺色のキャップを目深にかぶり汚いつっかけサンダルを履いている。専業主婦か。だらしない人なのかもしれない。そういえば私だってあの白いスニーカーを洗っていない。今日こそ洗おう。少し歩くペースを緩めてほど良く距離を取り、ジロジロ観察してみる。

 

子供は大人しく母親の右側を歩いている。話を全然しない二人。アパートが近づいてきた。築30年のアパートが2つ並んで建つ学校の裏通り。私の住む棟が手前にあるので親子がアパートの階段を登る頃、先回りして自分の部屋の窓からこっそり覗く事ができた。二人はゆっくりと階段を登ってくる。身動きせずに聞き耳を立てていると、母親が何かを言っているのが分かった。子供に早く登れと言っているらしい。階段の踊り場に二人が立った時、母親は男の子を軽くぶった。子供は泣くこともなく、二人は右側の通路へと消えた。