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だいこが行くぞ その7

7 ストーキング

 

翌日、わざとスーパーで時間を潰し、いつもより30分遅く帰路に着く。こうすれば、昨日と同時刻、例の親子連れとまた鉢合わせになるかもしれない。誰かを待ちわびるって楽しいな。ストーカーってこんなワクワクする気持ちなのか。

 

アパート近所のスーパーのお菓子コーナーで時間潰しにうろうろしていると、アパートの管理人さんに出くわしてしまった。非常に気まずい。私の左手に持っている買い物かごの中身を見ているっぽい。今夜の献立がバレてしまった。3つ入っている商品のうち2つに値引きシールが貼ってある。個人情報の漏洩だ。これからストーカーしようって時に。私が捕まった時は、この管理人さんが私の犯行の裏付けをする一人になるに違いない。

 

挨拶だけ交わしたら商品をじっくり選んでいるフリに戻る。しばらくしてレジに管理人さんが並んでいるのを確認したら、一番行列が長そうな2つ隣のレジの最後尾に並ぶ。管理人さんよ、早く帰っておくれ。するすると順番が回ってきて、私の少量の会計が済んでしまう。管理人さんはまだノロノロ袋詰めをしている。まずい、空いているスペースが管理人さんの横しかない。仕方なくそこに向かう。「またお会いしましたね」はっきりとは聞き取れない程度の挨拶を口の中でモゴモゴする。

 

スーパーから管理人さんと並んで出る羽目になってしまった。会話も特にないんだから、じゃお先にとか言って行けばいいのに、なんで一緒に歩いているのだ?管理人さんの歩みは遅い。明らかに買い物量が私より多い。有料のレジ袋1つを持ってあげることになった。この人は毎回3円もする有料袋を買っているのか?

 

自分のアパートの扉を開けた時には流石にほっとした。心の緊張が解けていく音がする。会話の弾まない相手との長い時間をどうにかすることぐらい得意だ。何も感じる必要はない。ただのロボット状態になるため動きは必要最小限に、脳ミソの回転マシンの緊急停止ボタンを押す。相手によっては停止ボタンの作動が遅い場合もあるが、仲良い相手でなければ普段は瞬時に働く優秀なマシンである。外界との窓口である口からは相槌だかお世辞だか何か適当に発せられる訓練もされている。何を言っているのか意識する必要はない。時間を埋めるためのBGM音楽を奏でなくてはならない。これはこの世の礼儀と心得ている。ひとりぼっちで生きてきた私の特技の一つ。

 

曲がり角でチラッと見えたアパートの階段に入っていく人影。恐らくターゲットの親子だろう。ストーカーし遅れた。残念。また明日挑戦しよう。あした?あしたもまたやるの?実際に、彼らの後をつけて何がしたいんだろう。話しかけて知り合いになりたいの?自分の中だけでストーリーが出来上がって、虐待の親子だと一人でスーパーウーマン気取りで盛り上がっている。現実世界は全然知らないくせに。

だいこが行くぞ その6

6

 

向かいのアパートから見えないよう遮光カーテンの後ろに身を隠して覗き見をしていた。30代の母親が3~4歳の男の子の頭を叩くのを見た。急に子供の虐待についてのニュースが目につくようになる。子育ての方法とか母親の鬱とかいう話題に興味が湧いてくる。他人事が急速に身近になった証拠である。

 

きっと母親自身も虐待されてきた人生だったんだ。ぶたれたり怒つかれたりする環境の中で育って、同じ様に暴力容認な亭主と出会って、子育てのストレスとか旦那の浮気とかに悩んで過ごすうちに心が荒み、自分でも気付かないうちに手が出てしまっているのではないだろうか。

 

子供は乱暴な母親に育てられ、小さな頃から暗い人生を送っているのかもしれない。子供ってその母親しか母親像というものを知らないので、自分を取り巻く状況の異常さに気付けない。もう少し大きくなって友達の家庭環境を知るまでは、小さな世界の絶対神は母親のはずだ。母親の気持ちを変えられたら二人の人生はきっと楽しいものになるはず。明るく笑顔溢れる生活を送れるだろうに。

 

気分が高揚してくる。新しい興味ができたのでそれに執着していく。現代はインターネットでどんな情報も入ってくる良い時代なので、自分の知らない知識が検索でどんどん入ってくる。想像を膨らませる安易なツール。私のお節介も同時にムクムクと顔を上げる。まずはお母さんと知り合いになって、家は近所なんだからお茶とかに招いて、ついでに子供も付いて来たら一緒に遊んだりして、近所の親切なおばちゃんの地位を獲得したら、お悩み相談室になって心の緊張を解していく。想像は膨らむ。どこかで見たドラマ仕立てで。

 

人助けをしたくて仕方ない。他人の人生を考えている時って幸せ。自分のことを棚上げして忘れていられるから。他人の不幸は蜜の味。辛い人生を送っているのは自分だけじゃないんだなと確認できる。あんな小さな子供が虐待されているなんて可哀想過ぎるし、虐待する母親だって本当は辛いのではないだろうか。

 

まてよ。虐待とは限らない。ワガママな子供についイラッとしただけかもしれないし、ちゃんとは見えなかったし、前後に何があったかは分からないから全部私の勘違いかもしれないし。子供は泣かなかったわけだし。しばらく窓際にそのまま立って考えを巡らせていた。ふと我に返る。理性が戻って来る。何をしているのだ私は。暇か。ストーカーか。

 

さあ、夕飯を作ろう。冷凍してあるご飯をレンジへ。週に1度5合炊く白米は夕飯で1合ずつ食べることにしている。週7日のうち、残り二日はパスタかうどんか焼きそばを作る。以前、頑張ってダイエットもどきをした時には炭水化物を抜いたが、夜寝付きが悪くなって体調悪化したので諦めた。昨夕切っておいたかぼちゃスライスを取り出す。買ってきたコチュジャンのチューブを出して使い方を読み始める。賞味期限も確認する。ひと月に2回は使わないと賞味期限切れで捨てる羽目になる。食材を捨てる悪にだけは手を染めたくないので、韓国料理が続くのかと少し憂鬱になる。買わなきゃ良かった。

 

スーパーの大安売りのシールの貼られた挽肉を開け、フライパンで炒め始める。おっと、かぼちゃをレンチンするのが先か。もやしと人参をごま油と塩で味付けてナムルにする。これを山盛りご飯の上に並べ・・。もやしを一袋ゆがくべきではなかった。ラーメン大盛りみたいになっちゃった。添え物となった人参ナムルの横にコチュジャンで味付けした挽肉を添える。彩きれいなもやし丼の完成。私流ビピンパを作ったはずだった。かぼちゃは揚げ焼きして挽肉餡をかけたら出来上がり。揚げ過ぎたので形が崩れ燃えかすみたいになったかぼちゃが餡に浮かぶ。いつも通り写真映えしない夕食が出来上がった。

だいこが行くぞ 5

5 考え過ぎる癖 非完璧主義でいようとする努力

 

ゴミ出しする朝は週にたったの1回。その日以外は1グラムも緊張する必要なく楽しい朝ご飯の時間を楽しむのだ。昨夜のお風呂ディナーが気持ち良すぎて、素晴らしい眠りが訪れた。今朝の目覚めは最高だ。遮光カーテンをそろりそろり音が出ないように開き、現れたレースのカーテンの真ん中を少し重なるように閉じ直す。その古いレースのカーテンは四角のドット柄。前に一度隣のアパートの階段に出向き、そこから私の部屋がどう見えるか確かめたはず。でもあの時は昼間だったな。1日のあいだ、どんな風に見えるのか全部知っておくべき。いや、そこまでする必要はないか。誰も私のことなんか気にしていないって。いやしかし、階段を登る途中に見える景色って目に入るだろう。やはり絶対に外から見えないようにせねば。ネットで検索を始め、目隠しフィルムを貼ろうと決めた。

 

ホームセンターまでの徒歩の距離を確認し終わった。今日は雨降らないかな。仕事終わりに目隠しフィルムを買ったら、明日の朝早起きして貼ることができる。窓掃除は今朝やっておいた方がいいかな。冷凍庫から買いだめしてあった蒸しパンの袋を一つ取り出し、袋の端を少し破いて開けたら、電子レンジの500Wで60秒、低いブーンという音を聞きながらレンジの中の20%引のシールが黒くなっていかないのを確かめる。

 

コーヒーの香ばしい香りに鼻をクンクンさせる。匂いには敏感だ。前世は鼻の良い動物か何かだったに違いない。蒸しパンを口に運びながら隣のアパートの階段をカーテンの隙間から眺める。上げ下げを繰り返す足首の運動をしながら食べる。アパートの北側にあるため勾配がきつい階段には朝方は陽はあまり当たらないようだ。子供の足ならゆっくり登って当たり前。前にもそんな光景を見かけた覚えがある。同じ親子だったのかな。でももう何年も前だった気がするから、子供の大きさから見て違う人だろう。それとも二人目の子供か。子孫を残すという人間のノルマをきちんとこなしている人々。私にできることはなんだろう。日課のニュースをつけることを忘れて考え続けていた。

 

仕事終わり。今日は良い睡眠が取れたおかげで、1日中身体が軽く感じられた。化粧ののりも良かったと思うし、電車の揺れにもしっかり真っ直ぐ立っていられた。重い買い物は今日するべきだった。芋類だって軽々と持てだろうに。残念。どうやって良い睡眠にありつけたのかという根本の理由はすっかり忘れて、目先の行動をミスと判断する。器の小さな人間のすること。

 

スーパーに寄って夕食のおかずになりそうな安い食材を探す。行動圏の中でお気に入りのスーパーは4軒。韓国風にするんだからイオンにも行って調味料を買わなくてはならない。大きなスーパーだと職場の人に遭遇しないか少し心配。でもイオンまで行くのだから、シュークリーム屋さんにも寄りたい。

 

ホームセンターにも寄ってお目当ての目隠しフィルムを一つだけ買って、2駅先から歩いて帰ってきた。窓に貼ってみて大丈夫そうだったらもう一つ買いに行く。以前の私だったら、必要な分全部買って使えないことが分かったら返品していたが、今ではどこでも個人情報を聞いてき過ぎるなと気になってからは、大丈夫なことを試してから追加購入する方式に変えた。こうしてどんどん仕事の遅い、遠回りな人間になっていく。私の個人情報なんか大した価値もないだろうに。

少し汗をかくくらいの気温だ。雨にならなくて良かった。天気予報の確認を怠った自分に気付いたのは、荷物も軽いし歩いて帰ろうと2駅先で電車を降りた時だった。ルーティーンの一つを忘れたぐらいで、歳を取ったからかと反射的に思い、世も末という文字がチラつく。この症状自体が世も末だ。

 

その先を曲がればアパートの通り。向こう側から親子連れが歩いてくる。彼らが先に角を曲がりすぐ後について行く格好になった。あ、昨日見かけた隣のアパートの親子だ。母親は紺色のキャップを目深にかぶり汚いつっかけサンダルを履いている。専業主婦か。だらしない人なのかもしれない。そういえば私だってあの白いスニーカーを洗っていない。今日こそ洗おう。少し歩くペースを緩めてほど良く距離を取り、ジロジロ観察してみる。

 

子供は大人しく母親の右側を歩いている。話を全然しない二人。アパートが近づいてきた。築30年のアパートが2つ並んで建つ学校の裏通り。私の住む棟が手前にあるので親子がアパートの階段を登る頃、先回りして自分の部屋の窓からこっそり覗く事ができた。二人はゆっくりと階段を登ってくる。身動きせずに聞き耳を立てていると、母親が何かを言っているのが分かった。子供に早く登れと言っているらしい。階段の踊り場に二人が立った時、母親は男の子を軽くぶった。子供は泣くこともなく、二人は右側の通路へと消えた。

だいこが行くぞ その4

4ナイトルーティー

 

かぼちゃとじゃがいもを買ってしまったので、肩にエコバッグが食い込む。駅から歩いて20分。坂道がないから全然楽な道のり。リュックにトイレットペーパーを入れてしまったのは間違い。重い方をリュックに入れれば良かったな。イオンで買った2,000円のリュックは世間を見習ってちょっと下げて背負うようにストラップを長くしている。普通に背中で背負うよりやはり重く感じるから、重い物を入れるのをためらってしまう。本末転倒。おばちゃんが格好良くリュックを背負うって難しい。姿勢は大事。なるべく背筋を伸ばして気位高く歩く。

 

お風呂が沸くまで20分。その間に、買ってきた物の始末。かぼちゃをたわしでゴシゴシ洗ったら、そのまま電子レンジの中央に置き2分温めて切りやすくする。研いでもあまり切れなくなってきたStardustの包丁で、半分を薄切りに、半分は煮付け用に。丁寧に切っていく。煮付けの半分を韓国風にしてみようか。それなら、韓国料理で揃えた夕食を一度考えよう。直径15センチ程度のかぼちゃなら4食分。目が輝いてくる。

 

じゃがいもは4個入り。重かった。こちらもたわしで皮をゴシゴシ洗う。大丈夫。セールの古いものなので皮は剥けない。一つずつラップしておくとそのままレンチンで食べられるし、切って使う場合もゴミ処理に使える。じゃがいもを使った韓国料理何か作れたかしら。よし終わり。

 

今日着ていた服全部にコロコロにかける。下着にも。コロコロをかけながら脱いで全部洗濯機に入れる。髪の毛をほぐし、ブラシで梳かす。風呂が焚き上がった音が聞こえる。急げ。裸のまま、ノートパソコンとコードを取りに行く。お風呂に一番近いコンセントは洗濯機のものなので、外してパソコン用のものにつなぎ変える。古いパソコンなのでコンセントなしでは動かないから。乾いたタオルも必要だ。頂き物の今治タオルを風呂蓋の上に広げる。マクドナルドの袋から夕ご飯を取り出し、風呂蓋の上に並べ始める。お水も必要だ。また、裸で取りに行く。あとは・・。化粧落としか。また、裸で取りに行く。ふと目を上げると、カーテンが開けっ放しだった。

 

まだ明るい時間なので、薄手のレースのカーテンから中は透けて見えてないはず。裸のまま、遮光カーテンを閉める。大丈夫。窓のすぐ外は隣のアパートの階段だが、ちょうどのタイミングでそこを通る人もいないだろう。それよりも、大切なディナーの時間だもの。楽しまなくちゃ。お風呂ディナーは至福の時間。マクドナルドかお弁当を買ってきた時だけの貴重な機会なのだから。ふと物音に気付く。アパートの階段だ。小さな男の子に声を掛けてのんびり上っているお母さんがこちらを見ていた気がした。

だいこが行くぞ その3

 

今日はお昼休みに嫌な気持ちになってしまった。向こうから歩いて話しかけてきたんだから不可抗力。爆弾が降ってきたようなもの。私にできることは、午後の仕事時間のあいだにこの気持ちをできるだけ軽くすること。頭を空っぽにしてさっきの出来事を忘れる。なんにも考えないという作業に集中する。顔面には強制的に笑顔を作る。重力に逆らって重いほっぺたを持ち上げているんだから、何かしら物理的な作用があると信じて。会社を出たら全力で自分の時間を楽しみたいので、仕事のせいで貰ってしまった悪い感情は職場になるべく置いてくることにしている。なるべく、だけど。全部は無理。完璧を求めないのはポリシー。いつでもどこでも。

 

帰りに寄ったスーパーで南瓜とじゃがいもが安かったから買ってしまった。トイレットペーパーも嵩張るし、会社で嫌な事もあったことだし、言い訳がたくさんできたので、2駅先から歩いて帰るなんて無理だった。自分にはとことん優しく。駅前のマクドナルドで美味しい物買って帰ろう。ビックマックセット。ナゲットのソースはバーベキュー。カフェオレにしてもらって。大好きな組み合わせ。デザートも買って、楽しみがある夜にしよう。アクション映画を見ながらちびちび食べるんだ。こんな日の夜ご飯は大体1時間近くかかる。湯船に入るのは面倒だけど、するとしないでは目覚めが違うから帰ったらすぐに追い焚きのボタンを押そう。髪の毛も洗うかな。荷物が肩に食い込むが、自然と笑顔になって歩いていた。

だいこが行くぞ その2

2イヤな事がまたあった

 

パートは早番。似合わない制服に着替えて、朝7時半頃には席につく。ただぼうっと座っていると色々頼まれるので、それを淡々とこなす。私が淹れるお茶は美味しくないらしく、もう頼まれなくなった。パソコンを開き、エクセルに数字を打ち込んでいく。自分は機械になったつもりで。腱鞘炎とか避けたいから手首を柔らかく、時には左手も使ったりして忙しいフリをする。

 

100均で買った自分用水筒には水を汲んできてある。15分に一回ひと口含むようにしている。喉は渇きを覚えたらもう手遅れという記事を読んでから、体内を潤すためとかあまり深く考えず、お腹も満たされるので午前中は必ず飲み切るようにしている。もちろんトイレも近くなる。

 

トイレの手洗い場が濡れていたら丁寧に拭いて綺麗にしておく。自分はロボットと唱え続けているとお昼休憩がやって来る。残ったお水を飲み干してから社食に向かう。薄味であまり美味しくないがセットAをいつも食べる。ご飯だけは大盛り。安い。同じ職種の人がいたら一緒に席に座ることもあるが、別に話も盛り上がらないし、上手く避けられるようになってきた。よく噛んで食べる。ここでお腹を一杯にしておかないと夜ご飯まで持たない。食べ方のコツは、お味噌汁をお碗半分くらい最後に一気に流し込む事。これで、不味かったおかずや硬いお米の記憶が薄れ、胃が少し喜ぶ気がするから。

 

私は太っている。155cmで70㎏。今年に入ってから膝のガタつきを覚えたので、筋肉を強化するのとダイエットの目的で、2駅先から歩いて帰ってくるようになった。今で5ヶ月目。少し体重が減った気がするが、体重計を持っていないので調べられない。ウエスト部分がゴムの服ばかり着ているが、食い込みが減った気がする。とにかく食べることが好き。献立を考えるのが好き。

 

売店でコーヒー牛乳を買って部署に戻ろうと歩いていたら、向こうから隣の課の砂原さんとその取り巻きがやってくる。2言交わして、離れる。席についてコーヒー牛乳のパックにストローを刺す。飲む気が起きなかった。涙が出そうだったので、机に突っ伏して昼寝をしている体制を取る。あ、鼻水が垂れそう。思い切りすすって。悲しい貯金がまた貯まってしまっただけと自分に言い聞かせる。

だいこが行くぞ

1自己紹介 生活 モーニングルーティー

 

朝5時半。私の朝は早い。人がまだあまり動き出していない時間に家の近所での活動を終わらせておきたいから。黒いパーカーを羽織り、黒いスニーカーを履き、白髪が目立つようになってきた髪の毛をくるっとお団子にしたらマスクをつけて、500m先のゴミ捨て場に小さくまとめた30ℓの袋を捨てに行く。急ぎ足で。走ったりはしない。誰にも会いませんように。網カバーがだらしなくかかっている。放り投げられた4つのゴミ袋の横に静かに自分のゴミを置く。網カバーをきれいに全体にかけ直す。1週間に1回。大嫌いな作業。

 

私は人見知りだ。56歳。

おばさんなんて朝方何時にどこを歩いていようが誰も気にしなさそうだが、ゴミ出しという行為で自分を晒しすぎるのは嫌いなので、気をつける。近所には家族連れが多いから、私みたいな独り者だと肩身が狭い。他の母親達の「あの人は誰のお母さん?」という視線が辛い。かと言って気さくに話し掛けられたりもしない。ドラマで見かける他人のゴミを漁る人なんてのがもしいたらたまらないので、自分の出すゴミには細心の注意を払う。個人情報の箇所には必ずハサミを用い、広告の切れ端に包んだらセロテープでぐるっと巻いて散らばらないようにして捨てる。シュレッダーをつなぎ合わせて修復できないようなるべく分散して。何を食べたか分かりにくくするため生ゴミも出来る限り小さくして、広告を敷いたビニールに入れて潰して口を固くしばる。水分を吸収させるのと、外から見えにくくする両方の目的のため。

 

世の中のルールは守る。目立ちたくはない。

朝はゴミ出しが終わったら、シャワー。髪の毛の臭いが気になるので、出来るだけ朝洗ってから出掛けるようにしている。洗い過ぎは髪によくないらしいので、シャンプーは毎日は使わない。背が低いので、パート先の小さなエレベーターに乗ると隣の人に頭皮の匂いを嗅がれるといつも感じる。前に通っていた美容院で勧められて断りきれず買った5,000円もするドライヤー、ヘッドが自動で揺れる代物、これを使って乾かすのに10分もかかる毛量だ。乾かし終わった頃には一汗かいている。

 

汗が引くまで、朝食の用意。菓子パン1個。コーヒーだけは丁寧に豆から淹れる。カルディで買った200g 498円もするもの。香りが漂い始めると目をつぶる。注いでいる湯をこぼさないように、でもカップに足りなくないように。ちょうどの量入れるんだ。今日こそできる。目を開ける。やはり少し足りない。ちょっとだけ心拍数が上がる。

 

窓際の小さなテーブルでYouTubeのニュースをつけたら、コーヒーと菓子パンを運んで食べ始める。特に美味しいとも思わなくなったいつも買っているコーヒーデニッシュ。仕事に行く日はほとんどこんな朝食。ブラックコーヒーと菓子パン1個が午前中に食べるもの。凝った朝食を一人分作ったりする生活にも憧れるが、今はまだこんな感じでいい。コーヒーがパンを流し込む際、食道が暖かくなり、全身の血液が喜んで動き出す感じがする。血糖値とかいうものが上がっただけかもしれない。シャワーの汗も引いた。

 

ニュースで一番知りたいのは天気。他のニュースは流し聞き。動く映像を目で追ってるだけ。傘を持って行くか行かないか。隣の駅から歩いて帰るかもう一駅先からにするか。毎日決めなくてはならない大事なこと。人生の決め事は少ない方が楽。

菓子パンを食べ終わったらビニールの包紙は細く畳んで結ぶ。何パンだったか分からないように畳むのがコツ。コーヒーを飲み終え、洗い物。そしたら歯磨き。丁寧に舌も磨く。最後にシンクの水滴を拭き上げ、水垢とかカビが発生しないように気を付ける。

 

3つ作ってある日常服セットのうちの一つに着替え終え、化粧を始める。シャワーでかいた汗がベトベトする日は顔をぬるま湯で洗う。ハトムギ化粧水。いつもテーブルに置いたままにしてある水分補給用のペットボトルと形が似ているので、いつか飲み間違るかもと少し期待している。オールインワンの日焼け止めをできるだけ薄くつける。目元のみにファウンデーションを叩く。これをするとおばさん度が一気に下がる。眉毛は薄くなったところを書き足す。きちんと鏡を凝視して1ミリのズレやモレのない完璧な眉毛を書く。マスカラを施す。誰にも気づかれないレベルで、目元がはっきりする。マスクをするので、顔の下半分には何も塗らない。

 

さて準備が整った。出掛けるとするか。今日は傘はいらなくって、2駅先から歩いて帰る日。鍵、お財布、携帯、タオルハンカチ、もらったポケットティッシュ、口紅、ロキソニン。図書館で借りた赤川次郎の単行本1冊。返却日は明日だから、今日の帰りに寄って返そう。歩く日は厚手の山用靴下を選ぶ。10年前に買ったもの。全然履いてなかったから今年はこれを履き潰す予定。でも厚手だから5月までしか履けない。スニーカーの紐を少し緩める。あ、足の爪が伸びてたんだ。特に小指の爪が食い込んで、厚手靴下で2駅先から歩くと痛くなっちゃう。爪を切るか、靴下を履き替えるか。簡単な方にした。

 

最寄り駅まで徒歩20分。2駅先から歩いて帰宅すると1時間になる。運動はこれだけ。パートの仕事は週に4日なので、5日目は2駅先のスーパーに歩いて行って、帰りは電車を使うようにしている。今日は良いお天気。気温も上がるそう。トイレットペーパーを買わなくちゃ。朝6時32分の電車は少し混み始めている。5駅先の勤め先最寄り駅で降りる。7時半からの早出のパートはもう今年で9年目。あと4年。無事に勤められますように。家賃のいらない今のアパートに満足しているわけではないが、生きてはいける。光熱費と食費と交通費だけで40,000円はかかる。少しずつ貯金しているが、いつまで生きる人生なのだろう。いくら必要なんだろう。不安しかない。考える事をストップする。